現在位置:
場コード:16#

ボートレースクラシック ワシのSGクラシック

勝て、岡山! 岡山の歴代覇者たちが語るワシのSGクラシック

岡山支部と言えば、「鳳凰賞(総理大臣杯=ボートレースクラシック)とダービーにはいくらでも出ることができたけど、地区対抗とMB記念は強い選手が多すぎて出してもらえない」と言われたほどの選手層を誇った強豪支部だ。岡山勢のクラシック優勝は全51回中6回、うち4名の覇者たちに当時を振り返ってもらった。今回、岡山から7人目のクラシック覇者誕生となるか!?

年末の宮島で3回目の優勝をして、鳳凰賞に出場しました。宮島の優勝戦は逆光で皆がアジャストしたので、スリットで1艇身抜け出して優勝、鳳凰賞も1マークで大競り、2マークも大競りという展開を突いて優勝しました。両方ともツキがありましたね。

大変だったのはそこからです。優勝賞金は現金で800万円、選手になって初めて手にする大金です。これを持って帰らないといけない。武田章さんが「タイショウさん、皆の弁当代と酒代を出しない。警護して帰ってやるから」と言ってくれたので、帰りのこだまでは3人掛けシートを向かい合わせにしてワシを囲むように座ってもらい、新倉敷からは万谷章さんと林通に自宅まで送ってもらいました。

自宅に着くと、今度は「どこにお金を隠すか」じゃ。金庫はないし、田んぼの中の一軒家だし、何かあったらと弟夫婦(元選手の山本尚甫)が来てくれました。結局、タンスの後ろに100万円ずつの束を投げ入れ、翌日銀行に預けました。

工具箱の中に「9番」のプラグが...

これは初めて話すことなんじゃが...。鳳凰賞の後のレースで工具箱を開けると、いつも使わない9番(ボット系で出足型)のプラグが入っている。どうも10番(コールド系で伸び型)のプラグと間違えて買ったんじゃね。北原友次さんから「(優勝戦前に)新品のプラグに換えて焼いておけ」と言われて買った新品のプラグが、10番ではなく9番じゃった。9番だったから、あの強烈なターン回りを引き出せたんです。

優勝戦結果
着順枠番選手名支部進入ST
11山本 泰照(岡山)509
25小林 嗣政(山口)206
36古賀武日児(福岡)305
42爾見 照雄(愛知)409
53松田 雅文(福岡)612
F4中道 善博(徳島)1+02

2連単 1-5 1,750円
スタートで飛び出した中道に小林が飛びつく。2マークで古賀と中道が大競りしたところを山本が差し抜けた。



丸亀の鳳凰賞で優勝してグランドスラムを達成したんじゃけど、行く前にはそんなことを意識もせなんだ。グランドスラム、という言葉も知らんかった。まだ瀬戸大橋はなかったので、丸亀へは濱野勝さんの釣り船に乗って行ったよ。途中で船が故障でもしたらいかんと、山本一夫も船でついてきてくれた。松尾泰宏さんも同じ船じゃった。

そのシリーズは、新ボートということもあってインが強かった。優勝戦は6号艇(今の1号艇の位置)じゃったから不安もなかった。もともと、大きなレースでもドキドキするタイプじゃないからね。

1マークを回って「勝った」と思うた

優勝戦は岡本義則さんが早めに飛び出して、ピットアウトからやり直し。当時のピットアウトは、出走の合図に合わせて係留ロープを引いて水面に出るものだった。スタート練習では岡本さんにインを取られたが、本番はワシのイン。あとは、いつもの"シチ・ゴ・サン"スタートじゃ。小回りブイを入った位置から7秒前に起こし、5秒前に80m、3秒前に40mの空中線を確認してフルかぶり。1マークを回って、「勝った」と思うた。

帰りは、丸亀に応援にきていた児島の舟券売り場の人たちの船に便乗させてもらって帰った。青いボストンバックに優勝賞金800万円を入れてね。副賞の車はスカイライン2000GTじゃった。これを濱野さんに100万円で譲ったんじゃけど...、それ以上の価値があると言うて税金が来た(笑)。

優勝戦結果
着順枠番選手名支部進入ST
16北原 友次(岡山)110
25岡本 義則(福岡)303
34本田 泰三(福岡)406
41彦坂 郁雄(東京)505
53山本 泰照(岡山)610
F2平尾 修二(香川)2+09

2連単 6-5 900円
平尾がフライングで飛び出したが、ややアジャスト気味。北原がインから伸び返して楽に先マイを決めて決着。



SG初優勝が総理杯です。前の年の暮れから減量をして、総理杯はその年の6回目の優勝でした。

減量の理由? カチン、と来たからじゃ。地元の後輩に「黒明さんはしもうた(終わった)」というようなことを言われて、「それじゃ、しもうてないところを見せちゃろか!」と。ちょうど中学校の同窓会の話があったので、「児島正月レースを優勝して、ワシがお金を全部出しちゃる」と約束しました。もちろん正月戦は優勝です。正月戦のあとに飯を食べたら、身体が受けつけずに吐いてしもうた。飯が食えないなら今のままで良いか、と総理杯まで体重を維持していました。

優勝時は「もう勝つのはええかのう」

減量中はコーヒーのみ、もちろん砂糖も入れません。家には食べ盛りの男の子がいたので、夕食時になるとそっと家を出て、児島の海岸をランニングして、サニーホテルのサウナで汗を絞り出してから帰宅していました。減量を始めたのが12月16日だから、正月戦までの14日間で60kg超の体重を53kgまで落としたんかな。

体重が軽くなったら楽に勝てました。あまりに勝ち続けるから、どうしたら負けるのか自分でもわからなくなりましたね。22連勝目に若宮利明さんに6コースから捲られて連勝は止まったけど、その後に4連勝して優勝じゃ(笑)。

なので、総理杯で勝ったときは正直言って勝ち疲れていました。「もう勝つのはええかのう」という気持ちでしたね。

優勝戦結果
着順枠番選手名支部進入ST
11黒明 良光(岡山)510
25角川 政志(香川)118
34北原 友次(岡山)326
43小林 嗣政(山口)212
52松本 進(愛知)431
66野崎 進(滋賀)623

2連単 1-5 1,860円
コース取りでもつれたが、5コースから黒明が飛び出し捲り差し。角川が猛追するも3周1マークで力尽きた。



総理杯に出た前の年(1993年)は、ものすごく調子の良い年で、年間の優出回数が26回もありました。これは年間の最高優出記録のようです。4回優勝しての総理杯出場でした。

レースにも自信を持っていましたね。スタートを決めて、全速で攻めるレースが決まっていました。体重があったのでランナ戦を走ることが多かったのですが、実を言うとランナは好きではなかった。ランナよりもハイドロで活躍したいと思っていました。ただ、ランナ戦の頃に流行っていた全速ターンをハイドロに取り入れていたので、スピードで勝っていました。

友達の活躍に「負けられない」

ランナよりもハイドロで活躍したいという気持ちは、岡山の友達の影響が大きいです。村上一行、黒明良光、林通と一緒に『岡山ヤング会』を作って、櫃石島で泊まり込みのキャンプなどをやっていましたからね。若い頃からの友達がSGで優勝するのを見て、「俺も負けられない」という気持ちがずっとありました。プロペラは優勝した下関・中国地区選で良いのができていたし、自信を持って総理杯に行った覚えがあります。

総理杯の優勝戦は中道善博がインから(コンマ08の)スタートで先手を取ったけど、2コースから得意の全速を決めて勝ちました。

勝ったときは「やっと友達と同じ立場に立てた」と思いました。選手生活で一番充実していた時期でしたね。

優勝戦結果
着順枠番選手名支部進入ST
12大森 健二(岡山)213
24松田 雅文(福岡)318
31中道 善博(徳島)108
46吉田 隆義(愛知)421
53三角 哲男(東京)620
65武岡 泰治(徳島)519

2連単 2-4 850円
イン中道が先手も大森が2コースから全速で沈めた。「全速とは思わんかったですね」と松田の差しは届かず。


優勝戦結果
着順枠番選手名支部進入ST
14竹内 虎次(岡山)416
22森 弘文(兵庫)124
31松尾 泰宏(佐賀)225
43筒井 昭(香川)536
55鈴木 春巳(愛知)618
66小林 嗣政(山口)327

2連単 4-2 930円

ビッグ常連の豪腕レーサー・竹内虎次がスタート一気に飛び出して優勝。

優勝戦結果
着順枠番選手名支部進入ST
14石原 洋(岡山)214
21谷口 誠(広島)607
35福永 達夫(山口)519
46岩口 昭三(福井)312
52松田 慎司(広島)424
63滝野 亀次(静岡)120

2連単 4-1 2,250円

「選手権か鳳凰賞のタイトルが欲しかった」石原洋が念願の鳳凰賞覇者に。


SG BOAT RACE CLASSIC [総理大臣杯] 歴代優勝者
開催年 開催場 優勝者
第1回1966年平和島長瀬 忠義
第2回1967年住之江竹内 虎次
第3回1967年住之江石川  洋
第4回1968年戸 田岡本 義則
第5回1970年住之江加藤 峻二
第6回1971年蒲 郡松尾 幸長
第7回1972年福 岡石黒 広行
第8回1973年浜名湖鈴木 文雄
第9回1974年常 滑彦坂 郁雄
第10回1975年下 関石原  洋
第11回1976年住之江常松 拓支
第12回1977年下 関山本 泰照
第13回1978年丸 亀北原 友次
第14回1979年浜名湖松尾 泰宏
第15回1980年蒲 郡中本 逸郎
第16回1981年児 島平尾 修二
第17回1982年下 関彦坂 郁雄
第18回1983年平和島高峰 孝三
第19回1984年常 滑増沢 良二
第20回1985年平和島黒明 良光
第21回1986年平和島古川 文雄
第22回1987年蒲 郡国光 秀雄
第23回1988年戸 田彦坂 郁雄
第24回1989年戸 田高橋 博文
第25回1990年平和島岩口 昭三
第26回1991年平和島野中 和夫
第27回1992年蒲 郡鈴木 幸夫
開催年 開催場 優勝者
第28回1993年戸 田植木 通彦
第29回1994年平和島大森 健二
第30回1995年平和島服部 幸男
第31回1996年平和島中道 善博
第32回1997年住之江西島 義則
第33回1998年丸 亀西島 義則
第34回1999年児 島今垣光太郎
第35回2000年浜名湖矢後  剛
第36回2001年尼 崎烏野 賢太
第37回2002年平和島野澤 大二
第38回2003年戸 田西村  勝
第39回2004年福 岡今村  豊
第40回2005年多摩川笠原  亮
第41回2006年平和島中澤 和志
第42回2007年平和島濱野谷憲吾
第43回2008年児 島松井  繁
第44回2009年多摩川池田 浩二
第45回2010年平和島山口  剛
第46回2011年戸 田震災のため中止
第47回2012年戸 田馬袋 義則
第48回2013年平和島池田 浩二
第49回2014年尼 崎松井  繁
第50回2015年尼 崎桐生 順平
第51回2016年平和島坪井 康晴
第52回大会 児島 優勝戦
2017年3月20日(祝)・第12レース

●第46回大会は「SG東日本復興支援競走」として2011年8月に代替開催(優勝者・重野哲之)


PAGE TOP